お久しぶりです。yapattaです。
無事(?)カタールでの留学を終えて念願の中東、旧ソ圏を旅してきた。マジでめちゃくちゃ楽しかったので、記事を書きます。
この記事で全ての国について書けるかわからないけどウズベキスタンが大好きだったので取り敢えず今回はウズベキスタンについて。
人が暖かくて、言語が通じて、食事が旨くて、物価が安かった。つまり自分にとって間違いなくウズベキスタンは最高だった。
旅程としては、アクタウ(Aktau)→ヌクス(Nukus)→ヒヴァ(Khiva)→ブハラ(Bukhara)→サマルカンド(Samarkand)→タシュケント(Tashkent)、という順で西から東へ攻めて行った。わかりにくいので今回の記事の移動はこんな感じ。

ウズベキスタンへの入国はカザフスタンからで、アクタウ(Aktau)からヌクスまでの寝台列車を使った。
アクタウ自体はカスピ海に隣接した港町で住宅地なんだけれど、ちょっと離れるとトリシュ(ボールの谷)やコカラ渓谷などの観光地が存在するみたい。自分は来る前に風邪を引いてしまいアクタウのホテルで寝込んでいた結果、カスピ海や集合住宅のソ連風のウォールペインティングを見るぐらいで終わってしまった。
自分はアゼルバイジャンのバクー空港からアクタウ空港まで飛行機で行った*1のだが、アクタウ空港はsimカードも売っていないような本当に何も無い空港だった。空港のインターネットも電話番号認証が必要で完全に詰んだと思っていた中、飛行機の機内で知り合ったカザフスタン留学中の中国人の方がSIMカードをくれた。まだ有効期間が残っているプリペイドsimカードを要らなくなった友人から貰ったみたい。マジで天使すぎる。いつか再び会ったらお礼を言いたい。因みに市街地まではバスで行くのが良さそう。100テンゲ(30円ほど)で済む。相も変わらぬ空港ではタクシーのあんちゃんたちがめちゃくちゃに勧誘してくるが、無視して良さそう。大体高い値段をふっかけてくる。
アクタウ市内に辿り着いたが、とにかく道路が広い。そして無限に公営住宅が広がっている。お洒落なモールもない。生活感が凄い。

ホテルから10分ほどで行けるのでカスピ海を見に行ったら、(本物か偽物かは置いておいて)警官らしき人に付いてくるよう言われた。特に罪の意識も無かったので取り敢えず無視した。何も起きなかった。 
あと街並みがめちゃくちゃソ連のそれ。因みに大祖国戦争を褒めたたえる記念碑が異様に多い*2。
市街地に物騒なロケットのモニュメントまで。
寝台列車へ話を戻そう。値段は35,284テンゲ(10,000円ほど)でこのサイトで購入できる。カザフ人の友人も良く使うみたいだし信頼できそう。因みに英語対応もできるし、決済ではGoogle Payも使えた。
tickets.kz
アクタウの隣町のマンギスタウ駅からヌクス駅まで21時間ほどかかった。夜の寝台列車ではКупеというちょっと良い席を予約した。部屋の中に二段ベッドが2つある。
ウズベク人のおじさんと相部屋になって、色々お喋りをした。カザフスタンで出稼ぎしている話とか、ヒヴァの家族に会いに戻っている話とか色々。彼がめちゃくちゃ優しくて、持ってきたお菓子やカップラーメンを分けてくれて、一緒にお茶会をしていた。
彼から貰ったラーメンで気持ちが温まった。
彼はヌクスの前のQońiratという駅で降りたが、別れた後も無事日本に帰れたかなどのメッセージしてくれた。
ところで国境を越えるのは大変。深夜三時にカザフスタンの国境でパスポートコントロールと荷物検査があるため起こされる。眠すぎる。検査のお兄さんのところまで行く。多分軍人。パスポートの髪が金髪であることを指摘されたが、若気の至りだったと言ったら何とかなった。その後の荷物検査は結構適当。検査員が部屋に入る。ただ中身まで見てこない。麻薬探査犬のチェックがある。一人一人の荷物とパスポートをチェックするからめちゃくちゃに時間がかかる。四時半頃やっと出発。少し寝る。
5:45頃ウズベキスタンの国境に入って、またまたパスポートコントロール。殆ど眠れなかった。マジで眠過ぎる。6:30頃にカラカルパクスタン共和国*3から入国したというスタンプをついに貰う。嬉しすぎるね。その後永遠に電車が動くのを待つことに。。。
朝7:30になったら、マントウやピロシキを売るおばちゃんが電車に入って営業を始めてくる。外は真っ暗なのに元気だわ。昭和の電車ではそういう景色が見れたのかな?そして7:45にやっと出発。とりあえず眠すぎた。
10:40ほど、目が覚める。結局あまり眠れなかった。相変わらず(非公式の)車内販売はめちゃくちゃに充実している *4。シャオルマ*5を売っているおばちゃんまで現れる。
因みに給湯器も付いておりお湯が飲み放題。非公式の社内販売があったり、ティーポットとカップも部屋に付いているし何かと快適。シーツも与えられるし、ベットも背中が痛くなるようなものではなくそこそこクッションが入っててフカフカしている。 ただトイレにはトイレットペーパーが備え付けられてなかったりする。快適さの感覚が良くわからない。
非公式をできる懐の深さ(自由さ)が旧ソ連圏に来たことを痛感させられる。生活自体は別に便利でもなければ娯楽もないけど、市井の人々はめちゃくちゃに助けてくれるし、こっちも気持ちがオープンになる。
カラカルパクスタンはマジで砂漠と草原が永遠と広がっている。だが不思議と飽きない。

16時頃に無事ヌクスに着いた。ここは何を隠そうウズベキスタン共和国内の自治共和国カラカルパクスタン共和国の首都なのである!(因みに上がウズベキスタン共和国の国旗で、下がカラカルパクスタン共和国の国旗)
スタン好きなら是非足を踏み入れたい場所である。因みにカタール大学の寮で知り合ったカラカルパク人の友人曰く、ヌクスに居るならばサヴィツキー美術館は絶対行った方が良いとのこと*6。しかし残念ながら、自分が居た日は月曜だったので美術館は閉まっていた。外観だけ写真を撮ることに。カラカルバク人の民族衣装を着ている人たちがポーズを取ってくれた笑 因みに彼らウズベク人よりも雰囲気日本人に近い。キルギス顔に似ているのかしら。
アラル海の干上がった場所の船の墓場ムイナクは時間が無くて観光できなかった。というのもこの後夜にはウルゲンチに到着している必要があったからだ。そのためヌクスを少し散歩してお土産を買ったら、駅のターミナルに戻ることに。ここでウルゲンチ行きのシェアタクシーを探す。しかしやはり難易度が高い。タクシーの運転手皆が殺到して高い値段を伝えてくるし、他に人が集まらないからお前は3人分の値段を払えとか。めちゃくちゃである。他の乗客を探すことに。しかし見つからない。というのももう夜19時に近づいており外も真っ暗。10分ほど経ってやっと他にも乗客が見つかってそれで出発。300,000スム(3200円)ほど払うことに。最初に600,000スム払えって言ったのエグすぎる。他のソースを見るに、昼間で人数が増えるともっと安くできたと思う。ただウルゲンチまでは3時間弱かかるので早めに出発できてよかった。因みに一緒に乗ったのはシベリアのハカス共和国の方。知らない共和国がまだいっぱいある。。。
とりあえず出発と思ったら、このタクシーの運転手が中々に厄介である。ガソリンスタンドに行くのはいいとして、運転途中にドアを開けて痰や口に含むタバコを吐き出したり、急に暇になってお前のメガネと交換しようぜと言ってメガネを外して俺のメガネをかけ始めた。そして、見えね〜、とか言っている。もうめちゃくちゃに危なっかしい。更に道路は常にガタガタで全く眠れやしない。マリオカートのような臨場感である。
9:30頃にやっとホテルに着いてなんとか休むことに。やはりホテルは落ち着く。ウルゲンチ駅近くの高め(一泊5000円)のにしたが、部屋が綺麗かつホテルの隣に両替所があったり朝食は美味しかったりで最高だった。
翌日ヒヴァ観光しつつさらに夜ウルゲンチ駅からブハラまで電車に乗る必要があったのでスケジュールが心配で駅チカにしたが、タクシーを使う分には特に駅チカじゃなくても問題が無さそうだった。そして駅チカじゃない方が安い。さらに駅の近くに特に見るものが無かった。
ウルゲンチ駅前の道路がびっくりするほど静か。
ロシア語でターミナル駅のことをвокзалと書くからvokzalはその名残っぽい。
そのうちウルゲンチ、ヒヴァ以降の記事も書く。続く。。。